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二泊三日で神宮にお参りに行ってきました。一昨年、昨年に引き続き三度目です。 今回特に行きたかったのが、神宮徴古館です。千年以上も続く式年遷宮をはじめ神宮にまつはるいろいろなことを知ることができる博物館で、実は昨年も観たかったのですが、生憎の休館日で観られなかったのです(伊勢市駅前のタクシー乗り場のオッサンに聞いたら「今日も開館してゐるよ!」と言はれ、タクシー券を使ってタクシーで乗りつけ、降りてよくよく見たら休館日。しかもとっととタクシーは帰ってしまってゐたのです(-ヘ-#))。 そんなわけで、二年越しの神宮徴古館と神宮農業館見学が叶ったわけです。 どちらも明治時代からある博物館で、博物館自体に長い歴史があることもさることながら、神宮に対するかつての国民の強い気持ちがヒシヒシと伝はってきて、非常に強い感銘を受けました。 しかしその一方、神宮を訪れる人々を見ると、やはりがっかりする部分が少なくありません。 二年前にはじめて参拝した時には、多くの人々が参拝作法を守り、恭しくお参りしてゐたことに感激し、私も心底謙虚な気持ちで清々しく参拝できたのですが、今回はどうも外国人観光客や日本人観光客のひどさが目につきました。そもそも観光地ぢゃないのだから、やたらとデジカメや携帯電話で写真を撮りまくるのは止めてもらひたいものです(“素敵な景色を切り取って自分のものにしたい”といふ気持はわかりますが)。 特に気になるのは、他ならぬ日本人でモラルの欠如した人が多いといふことです。宇治橋のど真ん中を平気で歩き回る人達。子供だけでなく大人もですよ(所謂若者です)。彼らの親たちは、そこが神様の通る道だといふことを教へなかったのでせうか。 また、鳥居の前で頭を下げる人の何と少ないことか。はじめて私が参拝した時がうそのやうでした。神域との境界線で、これから神域に足を踏み入れる前に佇まひを正すといふ気持がきっとないのでせう。 かうした意味をきちんと彼らに伝へてこなかったのは、これまでの大人の責任だと私は思ひます。自分の一番大事なものを土足で踏みにじられてゐるやうで、私としてはとても悲しい気持ちになりました。 さうは言っても、例へば江戸時代のお伊勢参りはもっともっと気楽なものだったのかもしれません(時代背景が異なるので単純な比較はできませんが)。カタいことを言はず庶民が訪れる憧れの場所だったと思ひます。 さう考へて、自分を納得させながらの参拝でした。 そんなことを考へてゐる時点で、既に私の心が乱されてゐて、心の底から神様に向かひ合へなかったであらうことは、ここだけの話にしておきます(苦笑)。 別に内宮さんと外宮さんとで差別?するわけではないのですが、内宮さんではとても写真を撮らうといふ気にならないので、外宮さんでご正宮に一礼した後、遠くから撮影させていただきました。そんなわけで、外宮さんの写真です。 |
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